「佐野元春」の版間の差分
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| Name = '''佐野 元春''' | | Name = '''佐野 元春''' | ||
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'''佐野元春'''(さの もとはる、1956年3月13日 - )は、日本の'''[[日本のロック|ロックミュージシャン]]'''、'''[[音楽家|シンガーソングライター]]'''、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/音楽プロデューサー 音楽プロデューサー]'''、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ラジオDJ ラジオDJ]'''。'''東京都'''出身。1980年にデビュー。[[立教大学]]社会学部卒業。同大学講師。[[ファイル:83D3F050-5886-4E9C-8BFE-B2E079CFFB15.jpeg| | '''佐野元春'''(さの もとはる、1956年3月13日 - )は、日本の'''[[日本のロック|ロックミュージシャン]]'''、'''[[音楽家|シンガーソングライター]]'''、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/音楽プロデューサー 音楽プロデューサー]'''、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ラジオDJ ラジオDJ]'''。'''東京都'''出身。1980年にデビュー。[[立教大学]]社会学部卒業。同大学講師。[[ファイル:83D3F050-5886-4E9C-8BFE-B2E079CFFB15.jpeg|300px|thumb|right]] | ||
==概要== | ==概要== | ||
1980年3月21日、シングル「'''アンジェリーナ'''」で歌手デビュー。詩人としてのメッセージを内包した歌詞、多様なリズムとアレンジ、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ラップ ラップ]'''や'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/スポークン・ワード スポークンワーズ]'''などの新しい手法を実践。また、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/すぎやまこういち すぎやまこういち]'''作品に敬意を払ったうえで「'''すべてはこの夜に'''」を'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/沢田研二 沢田研二]'''に書き下ろした事もあり、名実通りさまざまなジャンルの音楽を折衷させた曲を数多く発表して作品の商業的ヒットに関係なく高い評価を得ている。現在は独立系レーベル「'''Daisy Music'''」を主宰し、'''インターネット'''を通じた音楽活動などでも先駆的な試みを続けている[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/佐野元春]。常々「'''音楽は力である'''」とメッセージを送っている。<br/> | 1980年3月21日、シングル「'''アンジェリーナ'''」で歌手デビュー。詩人としてのメッセージを内包した歌詞、多様なリズムとアレンジ、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ラップ ラップ]'''や'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/スポークン・ワード スポークンワーズ]'''などの新しい手法を実践。また、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/すぎやまこういち すぎやまこういち]'''作品に敬意を払ったうえで「'''すべてはこの夜に'''」を'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/沢田研二 沢田研二]'''に書き下ろした事もあり、名実通りさまざまなジャンルの音楽を折衷させた曲を数多く発表して作品の商業的ヒットに関係なく高い評価を得ている。現在は独立系レーベル「'''Daisy Music'''」を主宰し、'''インターネット'''を通じた音楽活動などでも先駆的な試みを続けている[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/佐野元春]。常々「'''音楽は力である'''」とメッセージを送っている。<br/> | ||
佐野の音楽に対するアグレッシブな試みは、日本のロック界にその都度、新たな風を吹き込んできた。今や当たり前のように取り入れられている音楽様式は、佐野の業績によるものが多い。‘‘''''' | 佐野の音楽に対するアグレッシブな試みは、日本のロック界にその都度、新たな風を吹き込んできた。今や当たり前のように取り入れられている音楽様式は、佐野の業績によるものが多い。‘‘'''''日本のロック界のパイオニア''''' ’’的な存在である。 | ||
[[ファイル:65DF6A83-66AC-403E-A326-2FF4A934495D.jpeg|380px|center]] | [[ファイル:65DF6A83-66AC-403E-A326-2FF4A934495D.jpeg|380px|center]] | ||
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**第三期 1994.9〜1997.5 全12冊 扶桑社 | **第三期 1994.9〜1997.5 全12冊 扶桑社 | ||
==共作・コラボレーション== | ==共作・コラボレーション== | ||
* | *「'''A面で恋をして'''」 | ||
**大滝詠一・杉真理との合同プロジェクト。『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』収録。 | **大滝詠一・杉真理との合同プロジェクト。『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』収録。 | ||
* | * 「'''Home Planet 〜地球こそ私の家〜'''」 | ||
**渡辺美里とのデュエット。長らくアルバム未収録だったが、2006年に発売された佐野のベストアルバム『THE SINGLES EPIC YEARS 1980-2004』に収録されたのが初であり、2010年に渡辺のベストアルバム『25th Anniversary Misato Watanabe Complete Single Collection〜Song is Beautiful〜』のボーナストラックとして収録されている。 | **渡辺美里とのデュエット。長らくアルバム未収録だったが、2006年に発売された佐野のベストアルバム『THE SINGLES EPIC YEARS 1980-2004』に収録されたのが初であり、2010年に渡辺のベストアルバム『25th Anniversary Misato Watanabe Complete Single Collection〜Song is Beautiful〜』のボーナストラックとして収録されている。 | ||
* | * 「'''また明日…'''」 | ||
**矢野顕子と競演。同名のシングル、アルバム『Sweet16』にそれぞれ収録されている。 | **矢野顕子と競演。同名のシングル、アルバム『Sweet16』にそれぞれ収録されている。 | ||
* | *「'''エイジアン・フラワーズ'''」 | ||
**オノ・ヨーコ、ショーン・レノンとの競演。『Sweet16』収録。 | **オノ・ヨーコ、ショーン・レノンとの競演。『Sweet16』収録。 | ||
* | * 「'''Angel'''」 | ||
**ジョージー・フェイムと競演。『The Circle』収録。 | **ジョージー・フェイムと競演。『The Circle』収録。 | ||
* | * 「'''GO4 Impact'''」 | ||
** [https://ja.m.wikipedia.org/wiki/Dragon_Ash Dragon Ash]の[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/降谷建志 降谷建志]と競演。『Stones and Eggs』収録。 | ** [https://ja.m.wikipedia.org/wiki/Dragon_Ash Dragon Ash]の[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/降谷建志 降谷建志]と競演。『Stones and Eggs』収録。 | ||
* | * 「'''石と卵'''」 | ||
**'''Bonnie Pink'''と競演。『GRASS〜The 20th Anniversary Edition's 2nd』収録。 | **'''Bonnie Pink'''と競演。『GRASS〜The 20th Anniversary Edition's 2nd』収録。 | ||
* | * 「'''じぶんの詩'''」 | ||
**[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/山口智充 山口智充]・[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/山本耕史 山本耕史]とのユニット「[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/MusiG The Whey-hey-hey Brothers]」として参加。 | **[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/山口智充 山口智充]・[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/山本耕史 山本耕史]とのユニット「[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/MusiG The Whey-hey-hey Brothers]」として参加。 | ||
* | * 「'''自転車でおいで'''」 | ||
**'''矢野顕子'''とのデュエット。矢野のアルバム『GRANOLA』収録。 | **'''矢野顕子'''とのデュエット。矢野のアルバム『GRANOLA』収録。 | ||
* | * 「'''So Goes The Song (Love Planets)'''」 | ||
**[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ジョン・サイモン ジョン・サイモン]に詞を提供。ジョン・サイモンのアルバム『Home』収録。 | **[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ジョン・サイモン ジョン・サイモン]に詞を提供。ジョン・サイモンのアルバム『Home』収録。 | ||
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[[ファイル:2697D0E1-CD83-42D3-97D1-712535E18331.jpeg|350px|right]] | [[ファイル:2697D0E1-CD83-42D3-97D1-712535E18331.jpeg|350px|right]] | ||
1984年4月にアルバム『VISITORS』の先行シングルとして「TONIGHT」を7インチ・シングル盤と12インチ・シングル盤で同時発売。売上で12インチ・シングル盤が上回った。これ以後、邦楽における12インチ・シングル盤がブームとなった。<br/> | 1984年4月にアルバム『VISITORS』の先行シングルとして「TONIGHT」を7インチ・シングル盤と12インチ・シングル盤で同時発売。売上で12インチ・シングル盤が上回った。これ以後、邦楽における12インチ・シングル盤がブームとなった。<br/> | ||
同年5月にアルバム『VISITORS』を発表し、翌6月に帰国。数曲で、ラップを取り入れたことや、前作までのナイアガラ系に通じるサウンドから一変したことで、賛否両論が巻き起こったものの、'''オリコン1位'''を記録。メジャーレーベル系ミュージシャンとしては'''初の日本語によるラップ'''として扱われることもある。また「'''COMPLICATION SHAKEDOWN'''」のPVは前衛の映像作家'''[[ジョン・サンボーン]]'''が担当するものの、ラディカルすぎるという判断で20年近くお蔵入りしていた。また、全国70カ所におよぶコンサートツアー『'''''VISITORS TOUR '84〜'85'''''』では、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ナム・ジュン・パイク ナム・ジュン・パイク]'''の影響でTVモニターを何十台も積み重ねて不規則な映像を流すなど、[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アバンギャルド アバンギャルド] | 同年5月にアルバム『VISITORS』を発表し、翌6月に帰国。数曲で、ラップを取り入れたことや、前作までのナイアガラ系に通じるサウンドから一変したことで、賛否両論が巻き起こったものの、'''オリコン1位'''を記録。メジャーレーベル系ミュージシャンとしては'''初の日本語によるラップ'''として扱われることもある。また「'''COMPLICATION SHAKEDOWN'''」のPVは前衛の映像作家'''[[ジョン・サンボーン]]'''が担当するものの、ラディカルすぎるという判断で20年近くお蔵入りしていた。また、全国70カ所におよぶコンサートツアー『'''''VISITORS TOUR '84〜'85'''''』では、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ナム・ジュン・パイク ナム・ジュン・パイク]'''の影響でTVモニターを何十台も積み重ねて不規則な映像を流すなど、[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アバンギャルド アバンギャルド]なステージを展開。コンサートの形態にも新たな試みを取り入れた。 | ||
==母校、立教大学での活動== | ==母校、立教大学での活動== | ||