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== 略史 ==
== 略史 ==
前述の再結成後、1998年に正式に演劇ユニットとして始動する。当時は大泉と安田以外の三人はOFFICE CUE所属ではなかった。しかし、1999年に森崎、2000年に戸次と音尾が移籍した事で全員がOFFICE CUE所属となった<ref>『CUEのキセキ』62-64頁</ref>。メンバーの移籍及び公演制作には、OFFICE CUE社長で現会長の[[鈴井貴之]]の前妻である[[伊藤亜由美]]が副社長(当時は鈴井亜由美)であった頃から手掛けており、鈴井は自身も演劇人であるという立場から介入していない<ref>『CUEのキセキ』86-87頁</ref>。なお、大学時代に森崎が手掛けた演劇研究会の芝居『CHAIR』を鈴井が雑誌で批評し、森崎と論争になった事がある<ref>『CUEのキセキ』51頁</ref>。
前述の再結成後、1998年に正式に演劇ユニットとして始動する。当時は大泉と安田以外の三人はOFFICE CUE所属ではなかった。しかし、1999年に森崎、2000年に戸次と音尾が移籍した事で全員がOFFICE CUE所属となった<ref>『CUEのキセキ』62-64頁</ref>。メンバーの移籍及び公演制作には、OFFICE CUE社長で現会長の[[鈴井貴之]]の前妻である[[伊藤亜由美]]が副社長(当時は鈴井亜由美)であった頃から手掛けており、鈴井は自身も演劇人であるという立場から介入していない(『CUEのキセキ』86-87頁)。なお、大学時代に森崎が手掛けた演劇研究会の芝居『CHAIR』を鈴井が雑誌で批評し、森崎と論争になった事がある(『CUEのキセキ』51頁)。


[[北海道テレビ放送|北海道テレビ]]「水曜どうでしょう」のヒットをきっかけに大泉目当てに演劇に関心のない人が足を運ぶようになり札幌での公演は観客数が伸び<ref name="doshin181022"/>、このほか2001年から2004年まで北海道テレビで放送された『[[ドラバラ鈴井の巣]]』にレギュラー出演。2003年には同局で冠番組『[[ハナタレナックス]]』の放送が開始。2018年現在もNACS唯一のレギュラー番組として放送中である。
[[北海道テレビ放送|北海道テレビ]]「水曜どうでしょう」のヒットをきっかけに大泉目当てに演劇に関心のない人が足を運ぶようになり札幌での公演は観客数が伸び、このほか2001年から2004年まで北海道テレビで放送された『[[ドラバラ鈴井の巣]]』にレギュラー出演。2003年には同局で冠番組『[[ハナタレナックス]]』の放送が開始。2018年現在もNACS唯一のレギュラー番組として放送中である。


2000年代はじめには北海道内で圧倒的人気を確立するようになったものの、鈴井亜由美は「地元限定の活動では彼らの能力を伸ばしきることは出来ない」と危機感をいだき全国展開を模索<ref name="doshin181022"/>。その後2002年の本公演『WAR』を観劇し将来性を感じた[[サンシャイン劇場]]の山本和彦プロデューサーから二年後に東京で舞台公演を行ってほしいという誘いを受けた事をきっかけに、東京進出の準備に入る<ref name="doshin181022"/>。この過程で2004年12月にアミューズと業務提携し道内の仕事はOFFICE CUE・道外の仕事はアミューズが手掛ける形となる<ref name="doshin181022"/>。『LOOSER〜失い続けるアルバム』で初めて東京での公演。2005年には『COMPOSER〜響き続ける旋律の調べ』で初めて全国ツアー公演を行う。アミューズとの提携直前に鈴井亜由美が「これからは全国を相手にした仕事をしてもらうと告げたところ大泉は「ぬるま湯にいたいのに芸能界なんて熱湯みたいな世界に行くのは絶対に嫌だ」と拒否した。しかし、「北海道の成功例を作って欲しい」と再説得したところ納得し、その後全国区の人気を確立することとなる<ref name="doshin181022"/>。
2000年代はじめには北海道内で圧倒的人気を確立するようになったものの、鈴井亜由美は「地元限定の活動では彼らの能力を伸ばしきることは出来ない」と危機感をいだき全国展開を模索。その後2002年の本公演『WAR』を観劇し将来性を感じた[[サンシャイン劇場]]の山本和彦プロデューサーから二年後に東京で舞台公演を行ってほしいという誘いを受けた事をきっかけに、東京進出の準備に入る。この過程で2004年12月にアミューズと業務提携し道内の仕事はOFFICE CUE・道外の仕事はアミューズが手掛ける形となる。『LOOSER〜失い続けるアルバム』で初めて東京での公演。2005年には『COMPOSER〜響き続ける旋律の調べ』で初めて全国ツアー公演を行う。アミューズとの提携直前に鈴井亜由美が「これからは全国を相手にした仕事をしてもらうと告げたところ大泉は「ぬるま湯にいたいのに芸能界なんて熱湯みたいな世界に行くのは絶対に嫌だ」と拒否した。しかし、「北海道の成功例を作って欲しい」と再説得したところ納得し、その後全国区の人気を確立することとなる。


== 舞台 ==
== 舞台 ==