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1984年4月にアルバム『VISITORS』の先行シングルとして「TONIGHT」を7インチ・シングル盤と12インチ・シングル盤で同時発売。売上で12インチ・シングル盤が上回った。これ以後、邦楽における12インチ・シングル盤がブームとなった。<br/>
1984年4月にアルバム『VISITORS』の先行シングルとして「TONIGHT」を7インチ・シングル盤と12インチ・シングル盤で同時発売。売上で12インチ・シングル盤が上回った。これ以後、邦楽における12インチ・シングル盤がブームとなった。<br/>
同年5月にアルバム『VISITORS』を発表し、翌6月に帰国。数曲で、ラップを取り入れたことや、前作までのナイアガラ系に通じるサウンドから一変したことで、賛否両論が巻き起こったものの、'''オリコン1位'''を記録。メジャーレーベル系ミュージシャンとしては'''初の日本語によるラップ'''として扱われることもある。また「'''COMPLICATION SHAKEDOWN'''」のPVは前衛の映像作家'''[[ジョン・サンボーン]]'''が担当するものの、ラディカルすぎるという判断で20年近くお蔵入りしていた。また、全国70カ所におよぶコンサートツアー『'''''VISITORS TOUR '84〜'85'''''』では、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ナム・ジュン・パイク ナム・ジュン・パイク]'''の影響でTVモニターを何十台も積み重ねて不規則な映像を流すなど、[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アバンギャルド アバンギャルド]なステージを展開。コンサートの形態にも新たな試みを取り入れた。同年、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/松田聖子 松田聖子]'''の「'''ハートのイアリング'''」を'''Holland Rose'''名義で作曲。
同年5月にアルバム『VISITORS』を発表し、翌6月に帰国。数曲で、ラップを取り入れたことや、前作までのナイアガラ系に通じるサウンドから一変したことで、賛否両論が巻き起こったものの、'''オリコン1位'''を記録。メジャーレーベル系ミュージシャンとしては'''初の日本語によるラップ'''として扱われることもある。また「'''COMPLICATION SHAKEDOWN'''」のPVは前衛の映像作家'''[[ジョン・サンボーン]]'''が担当するものの、ラディカルすぎるという判断で20年近くお蔵入りしていた。また、全国70カ所におよぶコンサートツアー『'''''VISITORS TOUR '84〜'85'''''』では、'''[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ナム・ジュン・パイク ナム・ジュン・パイク]'''の影響でTVモニターを何十台も積み重ねて不規則な映像を流すなど、[https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アバンギャルド アバンギャルド]なステージを展開。コンサートの形態にも新たな試みを取り入れた。


==母校、立教大学での活動==
==母校、立教大学での活動==